「被爆者の発癌リスクが現在でも続いている」という疫学情報は、被爆者研究の共通認識となっているがその分子機構は未だ不明である。被爆者腫瘍研究には被爆情報・病理診断とリンクした生体試料が必要不可欠で、30年以上の長期にわたり蓄積されてきた被爆者データベースは貴重である。我々は、近距離被爆者に、1980年代に至って重複がん罹患率が高くなり現在も増加傾向にあることを報告した。多重がんは発がん因子への全身暴露や個人の腫瘍になり易さを示唆する現象である。被爆者発癌リスク亢進メカニズムの解明は、現在の原爆後障害研究における最重要課題のひとつである。最近、皮膚癌に罹患した近距離被爆者の一見正常に見える表皮細胞でDNA損傷応答が亢進していることを見出した。被爆者では通常の環境下でDNAが傷つき易い状態にあり、放射線被曝により誘導されたゲノム不安定性が発癌の背景因子となっている可能性を示唆している。 |