セミナー放射線医療国際コンソーシアムセミナー

 
内部被ばくによるヒト放射線誘発がんの分子機構―トロトラスト症から


福本 学
東北大学 加齢医学研究所


被爆者に癌の発症が増加することが知られており、放射線が発がんの一因であることは確実である。原子力発電の結果生じる放射性廃棄物は増加一途をたどり、劣化ウラン弾など所謂「汚い核兵器」による被ばくの可能性も高まる一方である。しかし、放射線発がん、特に内部被ばくによる発がんの分子機構の解明は未だしである。発がんが、体細胞の癌関連遺伝子の異常の積み重ねの結果であることが明らかになった。また、変異ばかりでなく、癌関連遺伝子の発現調節の異常も発がんに関与していることも明らかとなった。

第二次大戦中に用いられた血管造影剤である、トロトラスト(ト)はα線放射性物質であり肝に沈着し、注射後数十年して肝腫瘍の発生をみるため、ヒトにおける内部被ばく誘発癌のモデルとして貴重である。ト症肝癌は肝内胆管癌(ICC)が多いとされている。そのためト症肝癌の発生母地細胞を明らかにすべく、癌抑制遺伝子の不活性化を表す、ヘテロ接合性消失(LOH)をマイクロサテライト(MS)マーカーを用いて解析した。非ト症肝細胞癌(HCC)とICCについて包括的解析を行い、LOH頻度から両者を鑑別するために46ローカスを選択し、ト症ICCにおいて検討した。ト症ICCは肝細胞と転換上皮へ分化し得る幹細胞由来と考えられた。LOH頻度はMS不安定性陽性例と、高分化型に高い傾向がみられたが、有意ではなかった。LOH頻度は発癌までの期間や総被ばく線量とは無関係であった。

さらに血管肉腫(AS)は放射線誘発腫瘍として特徴的であるため、ト症ASの網羅的LOH解析を行った。その結果、LOH頻度は染色体の長さに比例することからAS誘発には放射線の直接被ばくの効果が大きいと考えられた。ト症ICCとト症ASに共通してLOH頻度の高い5ローカスを見出した。組織学的にトはマクロファージに貪食されていること、ICCとASでは潜伏期間、沈着量に差がないにも拘わらず、オートラジオグラフィーではASよりもICCにαトラック数が多いことも明らかとなった。

以上の結果から、放射線発がんが、単に放射線によって起こったDNA二重鎖切断の修復時に起こった突然変異である、遺伝子の傷がDNA複製とともに固定されて、その積み重ねが発がんにつながる、という単純なものではなく、放射線に対する生物学的な反応の結果、がんが誘発されることを説明する。